メモリーアスリートのつぶやき⑦「世界の扉をたたく」

メモリーアスリートのつぶやき

世界大会準優勝の記録

2021年5月14,15日に行われた世界大会(Pan American Open)で準優勝した。

今回はこの戦いの裏話として、どのように臨んだのか、どのように感じたのかを振りかえろうと思う。

強化試合、世界大会前哨戦

今年はなんとメモリースポーツ界初めての試みだが、リモートで世界大会が3回ある。コロナの影響で対面の大会を全く行うことができないので、メモリースポーツを盛り上げようとリモートでシーズンのリーグ戦が3回、世界大会のトーナメントが3回あるというのだ。

世界大会ということなので、当然のことながら参加する選手の中の時間帯は国によってそれぞれだ。そんなわけで公平を期すために3回行われる世界大会のうち、アメリカ大陸の時間帯、アジアの時間帯、ヨーロッパ・アフリカの時間帯と分けられて行われることとなっている。今回の世界大会はPan American Openという名前からわかる通りアメリカ大陸の時間帯で行われた。

これが日本人に僕たちにとって非常に相性の悪い時間帯なのだ。アメリカの時間帯の昼間から夜に行われるのだが、日本にとってその時間帯は明け方から朝にかけての時間帯なのである。1回戦の時間帯は夜中の3時であった。もし勝てば準々決勝は朝の8時である。そんな時間帯に記憶をしたことは今まで一度もない。

そういうことで同じ予選を勝ち抜いた世界大会本戦入りが決定している日本人の山口選手(Yas選手)と大会の前々日に(大会前日は記憶が残ってしまう可能性があるためほとんどのメモリーアスリートは練習しない)大会と同じ形式で練習試合をしてみた。

大会の形式は2点差以上で4ゲームまたは、5ゲーム先取した選手(4-4になった場合はタイブレークというサドンデスだ行われる)が1セット制し、先に2セット先取した選手の勝ち抜けという方式で、自分にとっては初めての形式であった。

さすがにお互い学校がある平日であることもあり、大会でもないのに夜中の3時に練習試合をするというのはハードルが高すぎたため、2回戦が行われる時間帯の8時にYas選手と練習試合を行った。ちなみにYas選手とは、もしお互い勝ち抜いたとしたら準決勝で当たる予定となっていた。

結果は0-4, 4-2, 5-4と辛勝であった。練習試合であったが前々日ということともあり緊張感のある試合だったのだが、ここで大きな教訓を得た。

まず一つ目は、「きちんと起きてから頭を起こさなければ記憶がボロボロになってしまう」ということだ。1セット目はまさかの0-4のストレート負けを喫してしまったのだが、完全にこれが原因である。自分はこの日、練習試合30分前の7時半くらいに起き(実際は7時にアラームをかけたのだが寝てしまった)、そのままぼーっとしたまま8時になり試合をしたことで全く記憶ができなかった。大会当日は起きてから頭を起こすための何かをしなくてはならないと思った。

もう一つは「家の前で工事をしているため、朝8時半ごろから大きな騒音が響き、記憶どころではなくなる」ということだ。ばかばかしいかもしれないが、メモリーアスリートにとって騒音は記憶することにおいて一番の敵である。もし当日準々決勝に進んだら家以外の場所で試合をやろうと思った。

大会と同じ形式で練習試合ができたことは大きいし、試合への感覚がつかめた点でも非常に良い練習試合であった。その日は時差ボケを少しずつ調整するため20時に寝て朝の3時くらいに起きた。

世界大会1日目

大会1回戦の相手はドイツ人のBoris Konrad選手との対戦であった。彼はTED Talksにも出演したことのある神経科学者であり、メモリースポーツでも複数の世界記録を持っているかなりの実力者でもある。さらに2020年に行われた世界大会でも自分は1回戦でBoris選手と当たり、負けてしまっている。対戦の組み合わせが決まった段階から手ごわい相手であり、去年のリベンジをする絶好の機会だと思っていた。

先に述べた通り、1回戦は日本時間の日曜3時という記憶とは無縁の時間であった。練習試合の教訓を活かして、その前日は20時ごろに寝て試合1時間前の2時に起き、少し筋トレとストレッチをしつつ身体と脳を起こした。

対戦前のチャットではBoris選手が「Hi, again」と言ってきて、偶然にもちょうど1年前に同じベスト16で対戦したことに少し笑ってしまった(Boris選手はどのような感情だったのだろうか)。お互いに「Good luck!」と言い合って試合が始まった。

試合は5-3で第一セットを取り、第2セットでも2-0と勝利に向けて順調だったが、その辺りから突然睡魔が襲ってきて(そのころは4時半ごろであったので無理もない)、第2セットは3-5と負けてしまった。第2セットが終わってから10分ほど休憩があったので軽く筋トレをして気合を入れなおし、第3セットは睡魔との戦いも制し4-0とストレート勝ちして去年のリベンジを果たした。ちなみに最後の試合はまたもや眠気が襲ってきてボロボロであったが相手のミスもあり勝利した。

第1試合が終わった時点で朝の5時半ほどになっており、寝ようとも思ったが第2試合は工事の時間帯となり移動しなければいけないため、準備をしてBSAの教室に向かった。

第2試合の相手はボーランド人のJan Zon選手であった。今大会シード2位の選手であり(ちなみに自分はシード10位)、imagesが世界で一番強い(なんとベストタイムは9.42秒!!!)と言われている強敵だ。

彼とは2019年にバリ島で行われたアジア選手権で初めて出会い、年が同じ20歳(当時は18歳)であることもあり少し仲良くなり軽く会話した。その時はimagesがあまり得意ではなかったため、世界一imagesが強いと言われている彼に「どうしたらimagesが速くなるのかコツを教えてくれ」とはなしかけた記憶がある(返答はあまり覚えていない(笑))。

今大会最年少の20歳組でもあり、絶対に負けられない相手である。第1セットはお互い譲らず4-4のタイブレークとなったが最後に1点差で敗れ4-5と第1セットを落とした。第2セットは途中で1-3となり負ければ敗退の崖っぷちの状態になるも逆転し、またもやタイブレークとなり今度はcardsで勝利し第2セットは勝利した。さすがに両者疲れているので15分ほど休憩することとなった。

その休憩の間に外に出てBSAの周辺を5分ほどランニングして集中力を上げた。第3セットはこれまでと同じような展開であったが、明らかに相手のCardsとNumbersのパフォーマンスが落ちてきていた。というよりも相手は1回の対戦ごとに準備の時間が長くなっていた。察するにパフォーマンスの高い場所が尽きていたのであろう。一方で自分は割とアウトドアな性格だからということもあり、場所をたくさん作るのでそこまで問題はなかった(実際、Cardsで疲労していても、その日は10回近く安定して25秒以下のタイムを出している)。

これも性格の違いなのだろうか、そこまで3時間半にも及ぶ激闘を全力で楽しんでいる自分もいた。結果第3セットは5-3で勝利し、8時に始まった試合は11時半となっていた。もちろんここまで長く白熱した試合は初めてであった。

準決勝

準決勝の相手はイギリス人のKatie選手だった。彼女はNamesとWordsの世界記録保持者であり、その2種目で勝てる人はいないと言ってもいいぐらい圧倒的な強さを誇っている。しかし、それに対してCardsとNumbersとImagesは自分の方が勝っているので相性が良くあまり苦手意識などはなかった。

準決勝は日本時間夜中の1時に行われるので、前日は試合で疲れていたこともあり8時くらいに寝て12時に起きた。前日は1回戦の試合途中で睡魔に襲われるということがあったので、12時に起きた後今度は筋トレやストレッチをするのではなくて、深夜にランニングしに行き、さらにコンビニでレッドブルを買って飲むという行動に出た。

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準決勝からは何が出てくるのかわからないサプライズ種目というのがあり、この対戦ではスフィンクスや儀式をしている古代人の絵などの古代エジプトに関するイメージを30枚記憶するという内容だった。60秒間かけてじっくり覚え見事にパーフェクトを出して勝利して、途中のimagesで深夜の集中力の欠如からか凡ミスをして少しピンチとなるも得意のCardsとNumbersで勝利して第1セットを勝利した。

第2セットも1セット目と同じような展開になった。相手にWordsとInternational Namesで圧倒的な力を見せつけられるも(ちなみに単語では勝算がなかったので決勝のためにあまり強くない場所を使った)、Cards,Numbers,Imagesで問題なく勝利して第2セットも取り決勝に進出した。

世界一決定戦

Katie選手との準決勝を危なげなく勝利し、時刻は夜中の3時ごろになっていた。決勝の時間は8時となっておりBSAへ移動まで時間があったので2時間ほど寝ることにした。しかし、レッドブルを飲んだからか、決勝に進めるという興奮からか、あまり眠くならず横になりながら決勝戦の戦略を頭の中で考えていた。

決勝戦の相手は、特に驚きもなかったが、Alex Mullen選手であった。2015,2016,2017年に10種競技の世界大会3連覇も達成したメモリースポーツ界における神様のような存在である。実は2か月前にシーズン11のリーグ戦で対戦しておりその時は全く歯が立たず0-6と一度も勝てなかった。正真正銘の最強と呼べる相手であり、アメリカ時間での大会のため相手が絶対的に有利という状況である。

その時に負けた時は絶対に勝てないとも思ったが、今大会の自分は神がかっている。決勝に進めたのだし、勝つためにもがいてやろうじゃないか。勝算はわずかにあった。それは最初のサプライズを取りWordsとNamesとImagesをフルパワーで取りに行くことだ。相手は全種目世界トップクラスであるが、自分もこうして決勝に進出している世界トップクラスの選手だ。ひるんではいけない。

最初のサプライズ種目では大会出場選手16人の写真の順番を記録するというものであった。タイムを止めた時、少し急ぎすぎたのでは?とも思ったが、見事16人正解し12.45秒 対 12.75秒でわずかに勝利した。今思っても何であんなに早く覚えられたのか分からない。「これは本当にいけるかもしれない」と思った。

しかしその後Cardsではタイムでは0.2秒ほどわずかに上回るも40枚しか正解できず負け、続けて自分が選んだImagesでも負け1-2と逆転されてしまった。ここで気合をもう一度入れ直し、その後相手が選んだWords、自分が選んだNamesで勝利し、3-2と逆転した。世界トップ中のトップと互角に張り合えている。次でWordsを選びマッチポイントとしてやろうと思った。

しかし、Numbersで負けWordsでも惜しくも負けてしまい完全に流れを持っていかれてしまい。最後にInternational Namesで負け第1セットを3-5で落とした。そこからは疲れからかパフォーマンスが落ち0-4と第2セットはストレート負けしてAlex Mullen選手の優勝で大会は終わった。

世界大会を準優勝で終えて

正直に言って、ここまで上手くいくとは大会前は思っていなかった。大会前は組み合わせは悪くないとは思っていたものの、去年のリベンジを果たすために1回戦のBoris選手を倒すことしか考えていなかったと言ってもいいかもしれない。そのぐらい去年ボリス選手に負けたのが悔しかった。

しかし、1年前あんなに苦戦して負けたボリス選手との対戦は3セット目までいったものの、簡単に勝ててしまった。1年を通して自分が成長していることにあまり気付いていなかったのかもしれない。1年前までは世界トップクラスの選手には全く歯が立たなかったが、世界大会の決勝まで行けた。

誰が第10シードの自分が決勝に行けると予想できたのだろうか。みんな驚いていたが、自分でも驚いている。もちろん自分の記憶のスタイルである「一つ一つの戦いに集中して楽しんで勝ちに行く」という姿勢で毎試合望んでいたが、まさか決勝に進出するとは自分でも思わなかった。

世界大会で準優勝できたことは本当に嬉しい。あまり自分をほめるということはないのだが、今回ばかりは世界大会準優勝という結果を出せた自分が誇らしい。しかし、優勝したAlex選手との間には大きな壁があることを感じたというのも正直なところだ。とりわけ、自分がこれまで一番大事にしてきて武器であったCardsとNumbersで全く歯が立たなかったということがものすごく悔しいし、他の種目で勝つしかないという状況がやるせなかったこともあった。

自分がこれまで苦手だと言われてきたNamesとWordsで世界チャンピオンからポイントを取ったことは自分が成長している証拠でもあるが、まだまだ安定性が足りない。結局世界トップになるためにはもっともっと練習が必要なのだということなのだろう。

2年前に競技を始めた時には雲の上の上のような存在であったAlex Mullen選手が、世界チャンピオンになるということが目の前で見ることができた。ここまで必死に練習をやってきて良かったと思えたと同時に、世界チャンピオンになるには、まだ課題があるというのも感じたそんな大会であった。